幻の常磐線「三郷・流山ルート」

【Q】先日、つくばエクスプレスの柏市域の駅名候補が決まったという新聞記事を見ました。平成17年に開業予定とのこと。東京と茨城県・つくばを結ぶ新線の完成で、沿線の人たちの生活もずいぶん便利になるのでしょうね。

ところで、鉄道といえば、以前流山市に住む友人から「JR常磐線は当初、東京から流山を通って土浦方面に抜けるはずだった。その通りに鉄道が敷かれていたら、どんなに便利だっただろう」という話を聞いたことがありますが、本当でしょうか?また、現在のルートに変更されたのは、どんな理由からですか?
(柏市M.O)


【A】日本で最初の鉄道は、明治5年(1872)9月に開業した新橋〜横浜間の官設鉄道です。
それに遅れること四半世紀、JR常磐線の前身・日本鉄道海岸線は明治29年12月、土浦〜田端間を結ぶ民間鉄道として開業しました。海岸線は、石炭を工業化の進む京浜方面へ輸送することを目的に、常磐炭坑の経営者たちが中心となって敷設したということで、東葛地域には我孫子、柏、松戸の3つの駅が誕生しました。

この路線は当初、日本鉄道・本線の上野駅から田端、北千住、三郷を北上し、流山へ抜け、柏市北部、我孫子へと計画されていましたが、当時水運で栄えていた流山や野田の人たちが「鉄道が通ると船運がすたる」「蒸気機関車の黒煙で桑畑が枯れる」などと言って激しく反対運動したため、ルートが変更されたといわれています。その結果、その頃はただの辺鄙な野原だった柏と豊四季の境に線路を敷くこととし、現在の柏駅が誕生したのだそうです。

 もしも、このルートが当初の計画通り流山方面を抜けていったとしたら、松戸や柏、流山の風景は大きく変わっていたことでしょう。そして、つくばエクスプレスの開業により、流山や柏市北部地域のまちの姿も大きく変貌することでしょう。

◇text by FUJITA
KICの事務局長にして、4児の母。とりあえず、何でも頑張るハリキリウーマン。悩みは、苦労が体型に反映されないこと……だとか。加えて現在、右目にはキズ、左目には脂肪のかたまりができて、〈まいったタヌキ〉状態。少々しおれております……。

(No.19 2003/1/25掲載)
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