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| 新柏のクスノキの謎 【Q】 探検隊の皆さん、こんにちは! 私は増尾に住む40代の主婦です。10年ほど前、こちらに越してきたのですが、その頃からずっと気になっているものがあります。 それは、東武野田線・新柏駅ホームから見える大きな木のことです。あの木はいつ頃からあるのでしょうか? 近所の人にお聞きしたら、「あのあたりは昔から湿地だったから、どこかよそから持ってきたのではないか」ということでした。もし、そうならば、誰が、いつ、どんな目的で植えたのでしょうか。ぜひ、調べてみてください!(A.H) 【A】 A.Hさん、調査のご依頼、ありがとうございました! さっそく、〈大きな木の謎〉に迫るべく、現場を訪れました。 柏駅から東武線に揺られ4分ほど、新柏駅に降り立つと、なるほど目の前に大きなクスノキがそびえ立っています。高さはどのくらいでしょうか。木のてっぺんは背後に建つマンションの10階にまで届くほどですから、30メートル前後はあるでしょう。さわやかな5月の風に、ザワザワと葉をなびかせています。ロータリーの敷地内には大きな記念碑があり、この地域の区画整理事業に尽力された方々の名前が記されていました。 そこで、この地区の開発の経緯についてお話を伺おうと、区画整理事業組合の理事長だった藪崎奬さん宅を訪ねました。残念なことに当主の奬さんはすで亡くなられていましたが、奥さんの禎子さんと副理事長だった藪崎恒夫さんにお会いすることができ、当時の様子をいろいろ伺うことができました。 そもそも新柏駅が開業したのは、今から20年前のこと。それまで駅周辺はのどかな湿地帯。駅の高架下を通る道路は川で、昭和30年代にはシジミ貝が採れたとか……。現在のようなマンション群が立ち並ぶ住宅街へと変貌したのは、昭和60年以降のことです。 昭和54年11月、名戸ヶ谷前土地区画整理事業組合が設立され、この地域に幅員16メートルの幹線道路を配置し、都市排水の流下力を高めるため道路下に大きな暗渠(あんきょ)水路を設けるなどの事業を開始しました。この事業は8年に及ぶ月日を経て、昭和61年3月、完成します。この間、昭和58年7月に新柏駅が開業し、駅前から名戸ヶ谷方面へ続く道路の両脇には「いつか、桜まつりができますように」との願いを込めて、たくさんの桜の苗木が植えられました。 一方で、この頃区画整理組合員の頭を悩ませたのが、ロータリーに設置する〈シンボル〉のこと。「どこにでもある彫刻やオブジェではないものを」「ホームから見下ろしても、周りに高層マンションが建っても見劣りしない、ここにしかない!というものを」との思いから、「この地域の豊かな自然を象徴する大きな木を植えようじゃないか」ということになり、名戸ヶ谷の木村英夫さん宅の庭にあったクスノキを譲り受けることとなりました。 この木は樹齢200年を超えるといわれる巨木で、当時の高さは20メートルほど。移植予定の1年ほど前から根回しをし、昭和60年の今日(5月10日)、現在の位置に植えられたのです。「当時は、こんな大きな木を植え替えて果たしてちゃんと根付くものなのか、本当に心配でした」と、禎子さん。移植したその日から半年間は毎日、早朝から昼過ぎまで、せっせせっせと水くれに通ったということです。「なにしろこんなに大きな木でしょう。万が一、枯らすようなことがあったら大変と、気が気ではありませんでした」。 今ではどっしりとした存在感を見せる新柏のシンボル・クスノキですが、この木がしっかりと根を張り、悠々と風に若葉をなびかせられるのも、こうした人たちのクスノキに寄せる熱い思いがあったからなのでしょう。20年経った現在では、道路脇に植えられた桜の木々も大きく枝を張り、きれいな桜並木となりました。 ◇text by FUJITA (No.26 2003/5/10掲載) |
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